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仙台高等裁判所 昭和29年(ナ)1号 判決

原告 一戸治三郎 外一名

被告 青森県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和二十九年二月二十一日施行された青森県下北郡大畑町、町長当選の効力に関する訴願につき被告が同年六月七日になした訴願棄却の裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和二十九年二月二十一日施行の青森県下北郡大畑町における町長選挙の選挙人であるが、右選挙においては訴外菊地察明、菊地桑吾、高田正治の三名が立候補し、投票の結果につき同町選挙管理委員会は同年三月六日各候補者の得票数を菊地察明二千百七票、菊地桑吾二千百二票、高田正治千四百九十六票と認め、菊地察明を当選者と決定した。そこで原告は同年三月六日右委員会に対し当選の効力に関し異議を申立てたところ、同年四月四日異議を却下したので更に原告は同月十日被告に訴願したが、被告は同年六月七日各候補者の得票数を菊地察明二千百八票、菊地桑吾二千百二票、高田正治千四百九十四票と改めたけれども結局訴願を棄却したのである。

しかし被告が無効と判定した投票中二票は菊地桑吾に対する投票として有効とすべきものであり、菊地察明、同桑吾の何れに投票したか不明のものとして按分したものの中一票は菊地桑吾の得票となすべきものであるから、その差は僅かに三票となるのである。即ち

(1)  被告が雑事記載として無効とした「うど」なる一票は「そうご」と記載したものであるから、菊地桑吾に投票したものである。

(2)  菊地桑吾と記載しその周囲を〈    〉で囲んだものを他事記載として無効としているが、これは無効ではない。

(3)  「キクツー」と記載した一票を被告は菊地察明、菊地桑吾の何れに投票したか不明として両名で按分すべきものとしたが、右は「キクソー」即ち菊地桑吾に対する投票である。

右の如くにして計算すれば当選者菊地察明と次点者菊地桑吾の得票差は僅か三票に過ぎないところ、右菊地察明の当選はなお左の理由によつて無効である。

一、右選挙における候補者の内当選者菊地察明と次点者菊地桑吾は同姓であるため、当選した菊地察明の得票中には菊地桑吾に投票されたと思われる票数が少くとも十五票含まれている。

二、右投票所において選挙人松本しゆんは投票用紙の交付を受ける際、その実子であり投票管理者である畑中末松より耳打ちされ一旦帰宅して約三十分後再び来場して投票した、右畑中末松の耳打ちが松本しゆんに対する候補者の指示であることは明かであるから、同女のなした投票は自由意思に基くものとはいい得ない。

三、第六投票所においては選挙人岩渕義春の氏名が選挙人名簿より抹消されていた為、同人は投票を為し得ずして帰宅せしめられた、右は故意に同人の投票を拒否したものというべきである。

四、選挙人木村吉太郎及び同人の妻かよは八年前より大畑町新町に居住し昭和二十八年施行の衆議院議員選挙及び大畑町町議会議員選挙においては、所轄投票所である第四投票所に属する選挙人名簿に登載されたのに拘らず、今次選挙においては選挙人名簿から脱落していた為遂に投票することができなかつた、選挙後調査した結果によれば右両名は第二投票所々属の選挙人名簿に登記されていることが判明したのであるが、これは故意に特定の候補者を不利ならしめるための工作によるものといわなければならない。

五、第十投票所においては十二名の代理投票があつたのであるが、投票録にはそのうち六名のみが記載されているに過ぎないから、爾余の六名については記載がないのである。しかのみならず投票開始前投票箱に何も入つていないことを選挙人に示さなかつたし投票終了後も投票箱の鍵を封印しないで単に封筒に入れた侭所持していたばかりでなく、投票箱の送致を事務専従者のみに委ね、しかも搬送の途中畑中了二方に立寄り数十分を費しているのであるから、かくの如きは単なる不注意として見逃すことのできない選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある違法の措置といわなければならない。

以上の次第で得票差を超える無効投票の存在ないし作為による投票拒否の事実は、菊地察明の当選を無効ならしめるものであるから、被告のなした前示裁決は違法であつて取消を免れないと述べ。

被告の主張に対し、菊地察明が宝国寺の住職で同地方では住職を「おしよさま」と称していることは争わないけれども、「オソサマ」なる投票が菊地察明に投票した有効投票であることは否認すると述べた。

被告代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中、

一、の事実は否認する。

二、の事実は争う。

三、の事実は争う、本件選挙の基本選挙人名簿は昭和二十八年九月十五日現在を以て作成されたものであるが、これによると岩渕義春は二〇番として登載されている外、重複して七五一番に黒滝義春として記載されたのである。同人は旧姓黒滝ではあるが昭和二十八年八月十日大畑町大字大畑字湯坂下五番地四号岩渕太郎夫妻の養子となり、即日岩渕太郎の娘ミヨと婚姻しているので、選挙人名簿に岩渕義春として登載されたのが正当であつて黒滝義春として登記されたのは誤りであるから、同町選挙管理委員会はこれを抹消したのである。而して選挙当日投票所において投票管理者は同人に対し右の事情を告げて岩渕義春として投票すべき旨慫慂したところ、同人は黒滝義春としてでなければ投票しないと言い張つて自ら投票を拒否したものであつて、毫も投票管理者において同人の投票を拒否した事実はないのである。

四、選挙人木村吉太郎及び妻かよが大畑町新町に居住し第四投票所々属の選挙人名簿に登載さるべきに拘らず、第二投票所々属の選挙人名簿に登載されていたため同人等は投票することができなかつた事実は争わないが、右は同人等が選挙人名簿の登載申請に当り、申請書用紙の現住所欄に「字名」の記載をせず且つ配給所名欄に「上野町」と記載したので、同町選挙管理委員会は分類整理の際、配給所名欄の「上野町」を同町第二投票区の区域内である同町字上野と誤認したことと、同区域内には木村姓の者が多いこと等から、同人等の申請書を第二投票区に属するものとして処理したことに基因するものであつて、豪も特定の候補者を不利ならしめるために作為したということはない。

五、の代理投票につき投票録に記載されたもの、即ち山田ヨコ、米田ヤス、杉林ミエ、北上カメ、畑中春信、粕谷ヤスの六名の外上原子さだ、柳なか、北上イト、山本キヨ、山田サダの五名(六名ではない)が代理投票したけれども、投票録に記載洩れとなつたことは争わないが、右は投票所における事務取扱者の事務不慣れによる粗漏の結果であつて、その間何等不正行為と認めらるべき事由はないのであるから、これを以て直ちに投票の効力に影響を及ぼすものとは認められない。

と述べ、なお当選人菊地察明は同町本町二十五番地宝国寺の住職で三十数年前より同寺において生活を営んでいるものであるところ、同地方では通常住職を「おしよさま」と称している、しかるに無効投票とされたものの内「オソサマ」と記載した投票は明らかに右の理由により菊地察明に投票したものと認められるからこれを有効とすべきものであると述べた。

(証拠省略)

理由

原告が昭和二十九年二月二十一日施行の青森県下北郡大畑町における町長選挙の選挙人であること、右選挙では訴外菊地察明、菊地桑吾、高田正治の三名が立候補し、投票の結果につき同町選挙管理委員会は同年三月六日各候補者の得票数を菊地察明二千百七票、菊地桑吾二千百二票、高田正治千四百九十六票と認め菊地察明を当選者と決定したので、原告はこれが当選の効力に関し異議を申立てたところ同委員会は同年四月四日異議を却下したこと、及び原告は同月十日被告に対し訴願したが、被告は同年六月七日各候補者の得票数を菊地察明二千百八票、菊地桑吾二千百二票、高田正治千四百九十四票と改めた上、訴願を棄却したことは被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきものとする。

そこで原告の主張につき順次検討する。

一、原告主張の前示一、について、

原告は菊地察明の得票中には菊地桑吾に投票されたと思われる票数が少くとも十五票存在すると主張するが、これを認めるに足る何等の証拠もないから、原告の右主張は採用に値しない。

二、被告が無効と裁定した投票について、

公職選挙法第六十七条後段は選挙人の意思が投票の記載で判断し得る以上は、なるべくこれを有効とすべきものとする趣旨であると解するを相当とすべきところ(最高裁判所昭和二十六年(オ)第八七九号昭和二十七年七月十一日第二小法廷判決、最高裁判所判例集第六巻第七号六五三頁)

(一)、「うど」(検甲第二号証)なる一票は検証の結果によると文字も甚だ稚拙であるが、「」は「そ」と、「ど」は「ご」と各判読できるのであるから「うど」は「そうご」と認むべきでこれを菊地桑吾の有効投票とすべきである。

(二)、〈菊地桑吾〉(検甲第一号証)一票は、菊地桑吾と記載された氏名を〈    〉を以て囲んだものなるところ、公職選挙法第六十八条第一項第五号にいわゆる他事は、選挙に有害なる事項又は雑事等を記入することを禁止する法意であるから、右は同条の禁止にあたる無効投票というべく被告の判定には何等違法のかどがない。

(三)、キクツー(検甲第三号証)なる一票は、キクツー又はキクツノと読むべきであつて、キクソーの書き誤りと認めることは困難である、しかも当選者察明も次点者桑吾も共に菊地を称するのである本件では、これを以て菊地察明、菊地桑吾の何れに投票したか不明のものとして両名で按分すべきであつてこれと同趣旨に出た被告の措置は正当であり、これを以て菊地桑吾を選ぶ意思が表明されているものということはできない。

三、原告の前記二乃至五の主張について。

原告の右主張は本件選挙が無効であるという事実を主張して菊地察明の当選の効力を争つているものである。しかし本件のように当選の効力を争う訴訟では選挙無効の事由を請求原因として主張することは許されないのであつて、唯裁判所がたまたま訴訟における資料において当該選挙自体が無効であることを発見した場合は、公職選挙法第二百九条に従い例外的に当事者の主張を待たず進んで選挙自体の無効を宣言することができるにすぎないのである。而して本件においてはいまだ公職選挙法第二百九条を適用すべき事由があるとは認め難いのであるから、この点に関する原告の主張は採用の限りではない。

「しかのみならず原告主張の五、の代理投票者が十二名あつたに拘らず投票録に記載されたのは六名のみであつたとの点については代理投票をしたものが十一名あつたことは争がないのであるから五名分については選挙録にその記載がないわけで右は公職選挙法第五十四条の規定に違背していることは明であるが、元来投票録は投票に関する顛末を記載し投票の適法に行われたかどうかを明確にする一の資料に過ぎないのであるから、投票が適式に行われ、選挙の自由、公正を害しなかつたかどうかは其の当時実現した事実によつて決せらるべきものであつて、投票録の記載のみによつて決せられるものではないのである。従つて投票録の記載に事実に適合しないものあるがため直ちに投票が適式に行われないとか選挙の自由、公正を害したということはできない(大審院大正九年(オ)第九五七号、大正十年一月二十九日第三民事部判決民事判決録一三四頁参照)。次に投票開始前投票箱に何も入つていないことを選挙人に示さなかつたとの事実は後記措信し難い証言をおいて他に之を肯認するに足る証拠なくて却てこれを示した事実は証人畑中長大郎、畑中了二、新宮喜一等の各証言によつて認められ(右認定に反する証人山田末治、山田タツの各証言は措信しない)、また公職選挙法第五十三条の規定によつて投票箱を閉鎖する場合においては投票管理者は投票箱のふたを閉じ、かぎをかけた上そのかぎは投票箱を送致すべき投票立会人と投票管理者が保管しなければならないものではあるが、そのかぎを封筒に入れて封をしなければならないものとは解し難いのである。次に閉鎖した投票箱は投票管理者において所定の投票立会人と共に開票管理者に送致しなければならないのに、本件の場合は投票箱の送致を事務専従者のみに委ねたことは勿論、事務専従者が搬送の途中畑中了二方に立ち寄り十数分滞留したことが認められるのであるから、その取扱粗漏を極め違法のそしりを免れ難いのではあるが、公職選挙法第五十五条は閉鎖した投票箱及びその内容に送致の途中異変を生ずるが如き事故の発生を予防せんが為に特に送致方法を鄭重にしたものに外ならないから、その規定に違背し送致の途中一時投票管理者及び立会人の管理を離脱したことがあつても、その投票箱の外部及び内部に異変を生じたことがない限りこれを以て選挙の無効を来すべき事由とは為しえないものと解すべきところ、本件においては投票箱の内部は勿論外部についても異変があつたことを認めるに足る何等の証拠もないのであるから、原告の右主張は採用し難い、また二、の事実が畑中末治において松本しゆんに対し候補者を指示したものであつたことを認めるに足る証拠はなく、三、の選挙人岩渕義春に対する投票拒否については証人岩渕義春の証言は措信し難く、却つて証人新宮喜一、新岡みつの各証言によると、当時岩渕義春は投票立会人等からも岩渕義春と黒滝義春は同一人であるから岩渕義春として投票すべき旨告げられたに拘らず、敢えて投票を拒否して自ら棄権したことが認められ、四、の木村吉太郎夫妻が第二投票所々属の選挙人名簿に登載され、同人等の居住区域所轄の第四投票所々属の選挙人名簿に登載されなかつた為投票することができなかつたことは争のないところであるが、右名簿の登載が故意に特定の候補者を有利ならしめる目的でなされたものであることを認めるに足る何等の証拠もない、従つて原告主張の二乃至五の事実は菊地察明の当選を無効ならしめる前提としての選挙無効の事由ともならないのである。」

以上の次第で本件選挙における菊地桑吾の有効得票数は、被告の裁決において認めた二千百二票に前示二、の(一)の有効投票を加算した二千百三票であつて、なお菊地察明の得票数二千百八票(被告主張の「オソサマ」なる投票に関する判断は暫くおく)より五票少いのであるから、被告のなした裁決は結局相当であり、菊地察明の当選が無効であるとなす原告の請求は爾余の点に対する判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

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